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miaowmiaow's blog

猫とか漫画とか日記とか。雑記帳ブログ。

2013年7月29日〜8月31日


極から中庸へ向かう道の中にしかドラマは無いわけだし。



<洗う経験>
今読んでる本の中でメモ。子供に自尊心と自主性を蘇らせる方法。泥んこ遊びを思う存分楽しませ、文字通り泥だらけになったところを、水できれいに洗い落とし爽快感を味わわせる。この経験を繰り返すこと。らしい。同種療法だね。
分かるなあ。サンダルだった素足を洗うだけでもものすごく安心感がある。汚れてしまってる自分を認識→浄化の経験で心地よさを味わう。やっぱり日本人は毎晩お風呂で心の垢まで落とすような繊細な民族なんだよな。その感受性ゆえ。



<Merc.>
人生最高にマズい体調であったのだ。もろにMerc.な夏で、暑さに体温を持ってかれてしまう。ここ1週間は毎日37℃超え(低体温&発熱出来ないタイプですが)。月の影響で高めとはいえ。汗もびっしょり。小中学時代のころの体調だ。毎日制服の上からバケツの水かぶったみたいにびっしょりになっていた(腎が弱いから汗にして出しちゃうんだね。寝汗もそう)。視力が突然一気に落ちたのもこの頃だし、冬中死にそうな咳が続いたりしたな(肺弱家系)。

サポートMerc.でこれまでは気づかなかった部分がはっきりしてきたなと思う。私の体調不良は水銀によるものがほとんどだ。体質も症状も。あれもこれもお前だったのか!って発見が続く。

生まれつき丈夫な方ではないけれど、やっぱりインフル予防接種は直接的な体調悪化の原因だと思う。そして、水銀ってもう人のDNAに深く入り込んでいて、出せるものとそうでない部分とがある。いわゆる「傾向」化してしまったMerc.の負荷を減らしていくには、Psor.治療はもちろんのこと、食事や生活習慣そしてインナーチャイルドなど精神の安定を図る必要がある。何か、結局ここに行き着く。たかがMerc.といえど、人によっては住居や仕事も変える必要があるかもしれない。これまでの常識を覆していくこと。あら、書いてみるとワクワクするけどどうしよう(笑)

まあ、キツい反応が多くて体力消耗ですが、ひとついい事も。サポを摂る前は体中の汗が痒くてたまらなかった(そのへんTBRしてMerc.になった)んだけど、そういえばここに来て痒くはない。痒いのは肺周辺だけになった。二年前にこのあたりに痒〜い蕁麻疹のような湿疹ができて、その排出に体力使って(好転反応特有の食欲不振も)かなり体重が落ちた。狭い範囲の湿疹なのにこれだけの体力を使うのか〜とかなり驚いたんだった。肺胞にもMerc.なんだよね。根深いと思うよ、このキズは。



<私のスタンス>
私を傷つけたくなくて、お兄ちゃんが神妙な顔で話を聞いててくれるってこともわかってる。メジャーでないものは信するに足らずと思いながら、苦しみから逃れるために何でも利用したいと父は言う。
家族であろうとなかろうと、出会う誰もが人生を一緒に旅する仲間だ。よく知らない相手でも、同じもの見ていればそれは仲間だ。いつだって自分に出来ることをするだけだ。そして出来ないことがあるってことも受け止めることだ。


嫌われてもいいから、大事な人には話すっていうのも、何か違うと思うんだ。
皆信じたいものを信じ、否定されたくないと思ってる。自分の考えを、その場に必要と思われる分だけきちんと話し、あとは耳を傾ける。そんな私のスタンス。



<センスを磨く>
世界は自分の見たいようにしか見えない。

様々な文献がある。多くの知恵がある。これだと選び取るのは自分の感性。自分の経験則に基づいているものかどうか、大体そんなこと。だから体感を大事にしたい。頭で考えたことなんて、自分の常識の範囲内でしかない。

人類に限らないけれど、未知なことばかりなのだ。自分に理解できる範囲で物事を測っていたって答えは見つかるはずもない。実際どの文献にも、明確な答えなど載っていない。世界の見方の一つを教わるくらいだ。

体感したことを、今持っている情報や常識の中で判断するのはもったいない。型にはまらない現実があるなら、そこから新しい道筋が発見できるかもしれない。頭の中なんて、自分に都合良く記憶を作り上げることに必死なんだから。あんまりアテにならないと思う。

あと、ブレサリアンは別として、本物の野菜から充実した自然の気を取り入れないと、人は悪魔的存在の方に振れてしまうんでないか。欲に負ける。丹田が育たない。ブレブレな人格。結局人が自然と共存できるかどうかは、その必要性を感じるかどうか。なのかなあ。ぶつぶつ。



<負けて任せて信じて待つ>
ランチ中のこと。隣でピアノの先生方が語ってて面白く聴き入っている。

身体が出来てないとやっぱりダメだと。
「今の日本ではそんなこと言えないけどね、とにかく早く早くだからね。表現は身体全体でやるもの、技術じゃないし技術は身体があればついてくる」
「集合住宅で静かに動かせない育て方ではフニャフニャなまま。力のない演奏になる。」
「これまでの教え方が通用しない現実に萎える、どうしたらいいのか実際わからない、私が間違っていたのか。」とか話してるかな。どこの現場でも同じ悩みなんだね。

「最近死んでいく人は皆後悔している、そうならないようにどうしたらいいかなって頭がパンパン。」
「世界が二極化し過ぎているのがマズイ。不安が動機になってて、子どもを縛りすぎ。負けて任せて信じて待つ。これが今やっと分かってきたよ。」と老齢のピアノ先生。

なんかありがとう。



<忘れられるということ>
よくなろうという気持ちを根底に持ってあれこれ悩んでいる時が一番病気っぽい。

人と何話してたんだか忘れちゃうような時ほど楽しかった記憶が残る。

何がどんなふうに苦手だったのか、苦しかったのか、いつ何がきっかけで立ち直れたのかを本気で忘れてしまった、と気がついた10年目の夏。

これらは老化か。ならば幸せなことではないか。



<大事なものは目に見えない>
インナーチャイルドの理解って大事だな。自分の不平不満の発生源を知っていること。重なり合ってる過去のトラウマと目の前の嫌な現実を出来るだけ引っペがすと、なあんだ今問題なのはこれだけかってなる。そしてその問題を解決するのは少しの勇気と自分への期待だ。
結局は目に見えない部分をどれだけ信じていられるのかって話。あらゆる場面で。この世の舞台に無駄な設定は何一つないもん。そういう発想からでも、原因を外に求めることは減っていく。




役割は大事だけど、固執すれば我を見失う。役割に収まるような人間はいない。



親とか子どもを自分の満足の為に裁いては、自分は何て不幸なのかと嘆く。これを人生丸投げという。






正義は妖刀。


女型の奇行種、という自己紹介。